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小川 郁
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科学会 副理事長
慶應義塾大学医学部 耳鼻咽喉科学教室 教授
難聴が認知機能低下のリスク因子の一つであることは2015年に厚生労働省が発表した新オレンジプランにも明記された通りですが、難聴と認知機能低下の関連は多元的であり、単に補聴器装用による難聴への介入だけで認知機能に対して有効であるかどうかは不明な点が多いのが現状です。米国でのBaltimore Longitudinal Studyで難聴が認知機能低下の要因であることが初めて報告されてから、国内外で難聴と認知症・うつ病との関係について多くの検討がなされてきました。我々も難聴とうつ病との関係について検討し、難聴者、特に男性では健聴者に比べて約3倍うつ病になりやすいという報告をしました。また、昨年、フランスの25年にわたる縦断的疫学調査において、補聴器装用をしていない難聴者は正常聴力者に対して有意に認知機能低下が進行するのに対し、補聴器装用をしている難聴者では進行が抑えられることが報告されました。日本語では英語やフランス語と比較すると高齢者が聞き取りにくい無声子音の会話における重要度が低いともいわれており、本邦において補聴器による難聴への介入が認知機能等についてどのような影響を与えるのか明らかにすることは非常に重要です。このように、世界に先駆けて超高齢社会を迎えている本邦では認知症・うつ病対策が喫緊の課題であり、本邦での補聴器の有用性についてのエビデンス構築を行うと同時に、正確な情報発信を行っていくことで、高齢者が難聴による不利益を極力被らないようにし、難聴の関与による認知症・うつ病のリスクを回避させることが期待されています。
本シンポジウムでは前述した米国、フランスでの研究を主導したフランク・R・リン准教授とエレナ・アミーバ教授をお招きして両国での高齢者の補聴器装用の現状を紹介していただくとともに、我が国の補聴器装用の現状と対比して、我が国の補聴器装用や補聴器販売の問題点を明らかにしたいと考えています。超高齢社会を迎えた我が国では難聴者はますます増加することが予測されていますが、高齢者の難聴に対する医療及び補聴器の普及によって高齢者の認知症やうつ病が予防され、高齢者のQOLの向上に資することを期待しています。